校内の廊下を歩く悠真(ゆうま)は、胸の奥でくすぶる感情を無視するように、目の前の景色だけを見つめていた。彼の頭に浮かぶのは、先日の図書室での出来事だった。心を乱されるほどの言葉をぶつけてきた悟(さとし)の表情が、まだ鮮明に焼き付いている。何度も心の中で「忘れよう」と呟いてみるが、彼の言葉は刃のように刺さったままだ。
「悠真、どうしたんだ?」
突然の声にハッと顔を上げると、目の前には高志(たかし)が立っていた。無意識のうちに足を止めていたらしい。高志は軽く笑みを浮かべながら、悠真の肩に手を置いた。
「最近、元気ないよな。何かあったのか?」
悠真は一瞬、答えを躊躇った。けれど、高志の優しげな眼差しに心を緩め、ため息を吐いた。「いや…ちょっと考え事が多くて」
「ふーん。でも、何かあったら俺に言えよ。友達だろ?」
「…ありがとう」
その時、廊下の向こうから悟が現れた。彼の視線が悠真に向けられると、その眼差しは一瞬だけ激しく揺れ動いた。悟はゆっくりと近づいてくると、高志に目を向けて声をかけた。「ちょっといいか、悠真と話がしたい」
高志は戸惑いながらも、悠真の方を見て「大丈夫か?」と尋ねる。悠真は頷き、高志がその場を離れると、悟と二人きりになった。
「何の用だよ…」悠真は声を絞り出すように言った。
「…先日のこと、謝りたかったんだ」
悠真の胸が一瞬にして強く締め付けられる。「謝る必要なんてない。俺が悪かったんだ」
「違う。俺は…君に伝えたかっただけなんだ。自分の気持ちを、抑えられなくて」
その言葉に悠真は言葉を失う。悟の瞳に宿る真剣な色は、彼の迷いをすべて消し去ってしまうほどの力を持っていた。悠真は心の中で湧き上がる罪悪感と、悟への抑えきれない想いに葛藤しながら、わずかに首を振った。
「ごめん、俺には…まだ、わからない」
悟はそんな悠真を見つめ、ほんの一瞬だけ寂しげな微笑みを浮かべる。「…いいんだ。でも、俺は待ってるから」
その言葉が悠真の胸を貫く。二人の距離は近づくようで遠く、けれど確かに何かが繋がり始めている。悠真はその瞬間、自分の心が悟へと引かれていくのを感じていた。
次回予告
廊下での一瞬の会話から、悠真の心はますます揺れ動いていく。そんな中、彼に近づいてくる高志の存在が、さらに二人の関係を複雑にしていく…。次回、第19話「揺れる想いと三つの心」、悠真の心が選ぶ道とは。
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