聖風学園高等学校のグラウンドには、春の心地よい風が吹き抜けていた。放課後、サッカー部の練習を終えた相馬瑛士は、夕陽に照らされるグラウンドを見渡しながら、額の汗を拭った。日焼けした肌に、強い日差しが心地よい。
「相馬先輩!今日はマジで調子良かったっすね!」
後輩がボールを手に駆け寄り、瑛士に笑顔を向ける。
「ありがとな。お前もよく走ったよ。」
瑛士はその言葉に軽く笑みを返し、ボールを受け取るとふわりと蹴り返した。ボールは小さな弧を描き、グラウンドの隅で一人静かに本を読んでいた椎名悠真の足元に転がった。
「悪い、椎名!」
瑛士は慌てて駆け寄り、申し訳なさそうに声をかける。
椎名は顔を上げ、淡々とした表情でボールを拾い上げた。「別に問題ないよ。君はいつもやりすぎなんだよね、相馬。」
「お前も少しは体を動かせよ。」
瑛士は笑いながら、椎名の肩を軽く叩いた。だが、椎名は興味がない様子で本に戻る。
「運動は君たちに任せるよ。僕はここで十分さ。」
冷静な口調で返す椎名の表情には、一瞬だけ親しみの色が浮かんだ気がしたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「まあ、また気が向いたらいつでも来いよ。俺が教えてやるからさ。」
瑛士は軽く笑いながら、その場を離れた。
放課後の図書館は、男子生徒たちの雑談で賑わっていた。北条和馬は、その中心にいて、友人たちと賑やかに笑い合っている。
「今度の休み、みんなでカラオケ行こうぜ!」
無邪気な笑顔を浮かべながら、和馬は周りを巻き込んで次々と話を広げていく。彼の周りにはいつも人が集まる。男子校という特別な環境で、彼の明るさは貴重な存在だ。
しかし、図書館の入り口には、ひとり黙って彼らの様子を見つめる人物がいた。片桐龍也だ。彼は鋭い視線で周囲を観察しているが、決してその輪の中に加わろうとはしない。
「片桐って、なんかいつも怖ぇよな。」
和馬は小声で友人にささやきながらも、そのクールな態度に少し憧れている自分を感じていた。
一方、校庭のベンチには吉川颯太が座り、誰かを待っているように空を見上げていた。彼の手には、小さな包みが握られており、それをじっと見つめている。
「今日こそ…渡すんだ。」
颯太は小さくつぶやきながら、自分の気持ちに素直になろうと決意する。だが、相手が現れるたびに声が出せないまま、時間だけが過ぎていく。
その頃、校舎の陰でひとり静かに立っていたのは水瀬蓮だ。彼の銀色の髪が夕陽に照らされ、冷たい光を放っている。蓮は誰にも心を開かず、常に一歩引いた立場にいるが、周囲の目は彼の美しさに自然と引き寄せられる。
「風が…また変わったな。」
蓮は小さくつぶやき、どこか遠くを見つめながら歩き出した。
その頃、校門前では、相馬瑛士が一緒に帰ろうと待っているところに、桐谷陽翔が走り寄ってきた。
「瑛士、今日も一緒に帰ろうぜ!」
陽翔は無邪気に笑いながら、瑛士の肩に勢いよく腕を回す。
「お前、本当に毎回だな。俺、そんなに暇じゃねぇぞ?」
瑛士は少し困った顔をしながらも、陽翔の無邪気さに逆らえず、結局笑ってしまう。
「お前が付き合ってくれるからだろ?でも、俺と帰る方が楽しいだろ?」
陽翔は得意げに言いながら、肩にしがみつく。
夕焼けが二人の後ろ姿を長く伸ばしていく。そんな二人を遠くから見つめている影があることには、まだ気づいていなかった。
次回予告:
男子校という閉ざされた空間で、友情と恋が静かに動き始める。彼らが抱える秘密は、やがて交差し、予想もしない展開へと導かれる――。
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